穴二つ

管が一つ壊れてしまったので神主さんを訪ねることにした。
竹を調達する時はいつも神社の裏手にある竹林からと決まっている。
なぜか他の竹から拵えたものより管狐の馴染みが良いのだ。

葉が落とす影の中で神主さんは掃き掃除をしていた。
あの竹箒も裏山の竹を使って拵えたものなのかと考えた。
挨拶もそこそこに用件を伝える。

「管が壊れてしまいまして。裏山への立ち入りを」
「構いませんよ。私も同行致しましょう」

神主さんは箒を鉈に持ち替え、二人裏山へと赴いた。
一歩奥へ進むごとに薄暗さと粘りつくような空気が濃くなっていく。
鼻には清清しいが皮膚には痒く、影には小暗い。鳥が啼いている。

「あそこの藁人形はどうされました」
「おや。無くなっていますね」

裏山には磔の藁人形が散見される。
中でも巨木に針つけられた藁人形は木と比例して大きく悪目立ちをしていた。
神主さんが片付けたのではない様子だ。

「呪詛の籠もった藁人形は他人には易々と抜けないのですがね」
「呪者が片付けたのですかね」
「片付けたとすれば、そうなりますね」
「呪事をやめたのですか」
「中断出来るものでもありませんよ」
「ではなぜ」
「藁流しに使うのでしょう」

神主さんは藁流しについて説明してくれた。
呪術により鬼と化した呪者が相手を水中に引きずりこむのだそうだ。
そこへ藁人形を流すと、溺れる者は藁をも掴む。
己の藁人形を掴んで溺れたものは、自業自縛となる。

「人も鬼も等しく己が可愛いものなのです」


竹林へ到着した。
鉈を光らせながら手招きのように揺れる竹を割る。

「先ほど”片付けたとすれば”と仰いましたが、他に何かあるのですか」
「冷鳥が入り込んだのかもしれません」
「冷鳥、ですか」
「人形に入り込んだ冷鳥は主の形を成します。冷鳥を視たことがありますか」
「この目ではありません。神主さんはあるのですか」
「なにを仰います」

神主さんは薄闇の中でヒタヒタ笑いながら言った。

「私も元は冷鳥なのです」

付き合いは長いが初めて聞く話だった。

「いつからですか」
「教えた方が宜しいですか」
「いえ、やめておきましょう。神主とはいえ人、ということですか」
「人、ということですね」

二人で鉈を振り上げた。



帰り道、川で男性がもがいていた。
水面に陽光が反射し確認出来ないが、水中では鬼が足を引っ張っているのだろう。
いつか見た大きめの藁人形が川上から流れてくる。これが藁流しか。

藁人形は吸い寄せられるように男性の方へと優雅に流れていき、やがて手が届くぞという距離まで近づいたところで異変が起きた。

冷鳥だ。

人の思念が塊となってたゆたう冷鳥。
半透明の淡い水色をしたそれは鳥というより空を泳ぐ流線型の金魚のようだ。
管狐の感覚を通して視たことはあったが、自分の目で視るのは初めてだった。

冷鳥は男性の頭上を追い越し、藁人形の上で流れを止めた。
先端を真下に構え、素早く藁人形へと突き刺さる。
この時ばかりは鳥が魚を捕獲する様子に似ていた。
冷鳥は鉄板上の氷のように少しずつ溶け出し、やがてその姿を消した。
同時に男性が藁人形を掴み、あっけなく沈んでいった。
水面を乱反射する陽光の煌きを静寂が縁取る。美しい情景だった。


ややあって、川から裸の女性が這い上がってきた。あれはどちらだろうか。
ぐったりと垂れた背や長い髪も、全身から滴る水滴も、生まれたてを想起させる。
女性はひたひたと一歩一歩おぼつかない足取りで歩いていった。


翌日、川からあがった遺体は一つだった。
神主さんに竹のお礼に餅を届けた際、事の顛末を語った。

「藁流しと冷鳥が重なりましたか。良いものを視ましたな」
「人となった冷鳥を視た本人はどうなるのですか」
「蒸発します。ごぼごぼ、と音を出しながら溶けていくのです」
「なるほど。それを視れなかったのは残念でした」

餅を食べながら神主さんはヒタヒタと笑った。

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