ブリッジ

彼がドアを開けると、佐々木希が鏡の前でブリッジをしていた。

「あーいらっしゃー」
「なに?ストレッチ?」
「ちがうーブリッジー」

みてみてーと得意げに佐々木はブリッジのまま歩き回ってみせる。

「日本でエクソシストのリメイクがあればオファーくるね」
「えーあの役は子供でしょー私じゃさすがになー。あ、子供が出来たらね、トンネルだよーってブリッジしてあげたら喜んでくぐったりするかなー」
「心から怯えると思うよ」

彼の前にいるのは子供のように笑いながらおかしな四足歩行をする、もう子供ではない生物だった。
そう思うと愛おしくもあり、怖くもあり、飴と鞭があればどちらを与えようかと彼は悩んだ。

「で、エクソシストごっこはいつやめるの?」
「さあー?」

佐々木は一向にやめる気配をみせない。
長い髪がモップのように這いずりまわり床を綺麗にしていく。
それを見ながら彼は缶ビールのプルタブに指をかけ、力を入れた。

「っていうかなんでブリッジ?」
「いつもと違う景色を見たくなっちゃって。何やっても上手に出来ないから、視野を広げたりしたいなーって。色んなもの色んな角度から見なきゃなーって」
「視野を広げようと強固になることこそ視野を狭めていることに気づいてないね?」
「聴こえませーん。軽い言葉は上に昇っていってしまいまーす。私の耳はいま下にありまーす」

彼は床に寝そべりながら言葉を放った。
聴こえませーん聴こえませーん。佐々木はブリッジのまま逃げ回る。
彼はそれを匍匐前進で追いかける。聴こえますかー聴こえますかー。
捕まってしまったのに笑う佐々木を見て、子供らしいなと彼は思った。



別の日。
彼がドアを開けると、佐々木希が逆立ちで歩き回っていた。
彼は思わず叫ぶ。

「ダーウィン!!」
「へ?」

変則四足歩行から二手歩行への進化を目の当たりにした彼は、一周まわって二足歩行に落ち着くことを願うしかない。

「ぜんたーい、止まれ!」

号令をかけ、動き回っていた佐々木を逆立ちのまま静止させる。
彼は天に向かって伸びるその脚線美をつかむ。

「こうして誰かが支えることもできるんだよ」
「なんか組み体操みたい」

体操なら良いんだけど、と言いかけて彼はやめた。
佐々木は逆立ちのまま膝を折り曲げ、鏡を使い一人でハート型を作ろうとしていたが上手くいかなかった。



別の日。
彼がドアを開けると、佐々木希が膝を抱えながらゴロゴロ転げ回っていた。

「Oh~……ダーウィン……」
「ん?」

進化か退化かわからない、もはや歩行ですらないそれを見て彼は落胆を隠せない。
膝を抱え、先駆者に習い縦横無尽に転げ回る。

「移動する時って、足や手だけじゃなくこういうやり方もあるんだよね。坂道を転がって行く石ころみたいに、なんていうか身体全体で移動する方法。そういうの、あるんだなーって」
「でも、ほどほどに。傷がついたら大変だ」
「大丈夫。きっとそれって何かが欠けるだけだから」
「欠けたって悲しむよ」

彼は佐々木を包み込むように抱きしめ、二人で一つの石ころのようになった。



別の日。
彼がドアを開けると、佐々木希が二足歩行していた。

「YES!! ダーウィン!!」
「ほ?」

やはり人間には二足歩行が似合うなと彼は思う。

「私はね、いつだってブリッジも倒立も出来るし、坂がなくても転がることが出来るってわかったから、まあ色々焦らなくてもいいかなーって」

ほら、と言って佐々木はブリッジをしてみせた。
トンネルだよーと彼を誘う。
彼は匍匐前進でそれをくぐろうとする。
すかさず佐々木はブリッジを解き、彼の上にのしかかる。

「えへー捕まえたー」

捕まってしまったのに笑う自分がいて、少し複雑になる。
佐々木も同じように笑っていたが、その笑顔があまりにふわふわしていたから、彼は佐々木が飛んでいってしまわないか心配になった。
背中に感じる重みがなければ、天に向かって手を伸ばしていたかもしれない。

「重い」
「む」

そのまま彼に逆エビ固めをかける佐々木。
強引にブリッジのような反りを体験させられる彼。
身体が柔らかくない彼は素直に痛かったものだから、今後はストレッチを心がけようと思った。

スポンサーリンク
マニッキ広告
マニッキ広告

シェアする

フォローする