名前記念日

メゾン・ド・レミ~101号室~


缶ビール6缶パックを片手に部屋を出た。
相模原君に貸している「サラダ記念日」を返してもらう。
という名目で、一緒に飲む算段だ。(家で飲むと妻がうるさいからね)

304号室の前まできた時。

ガチャッ

303号室のドアが開いた。
中からワインを抱えた女性が出てきた。
この娘が例の相模原君の彼女か……たしか花岡さん。意外と美人じゃないか。

ガチャッ

次いで305号室のドアが開いた。
中から一升瓶を抱えたアグリ君が出てきた。
なぜ305号室から? 空き部屋のはずだが。しかも一升瓶? はて?

「こ、こんにちは」
「あ、ども」
「初めまして花岡さん。こんにちはアグリ君」

二人とも歩を進めて304号室の前で立ち止まった。

「みんな相模原君に用かい? モテるねぇ」
「一緒にワイン飲もうと思って」
「僕は先輩にというか、皆に用事ですかね」

代表してチャイムを押す。

ピンポーン

トンッ トンッ

チャイムを押したのに、なぜか花岡さんはドアをノックした。
私が疑問の目を向けると、彼女は「えへ」と笑った。

ガチャッ

304号室のドアが開いた。
中から寝癖を立てた部屋のヌシが出てきた。

「うわ、全員揃ってなに! 全員酒持ってなに!」

ビールにワインに大吟醸、か。
つまみ、持ってくれば良かったかな?




当然のごとく飲み会は始まった。
私と相模原君、アグリ君は年中一緒に飲んでいるので、口唇の柔らかさまで知る仲だが、花岡さんとは私もアグリ君も初対面だった。
そこで自己紹介をしようと提案したのは相模原君だった。

「あ、ちょっと待ってください」
「どうしたアグリ君。トイレなら早く済ませてきなさい」
「違いますよ。皆さんに紹介したい人がいるんです。自己紹介はそれからしましょう」

私と花岡さんは酒を飲みにきただけだが、アグリ君はたしか皆に用事と言っていたな。
紹介したい人……相模原君だけでなく、アグリ君にも春がきたということか。

「ちょっと変わった人ですけど、驚かないでくださいね」

てっきり近くで待機しているのを携帯電話で呼び出したりするのだろう、と思っていたが、アグリ君はなぜか305号室側の壁を軽快に叩き始めた。みんなキョトンとしている。

コンッ ドンッ コココンッ コンッ ドンッ コンッ ドンッ コンッ ドンッ ドンッ ココンッ

「なにをしているんだい?」
「ウォールス信号です」
「ウォールス信号?」
「モールス信号を壁音で再現するという、なんというかまぁ遊び心です」
「で、空き部屋の305号室にどんな信号を送ったんだい?」
「お い で」

目を疑った。
305号室側の壁をすり抜けて、和服を着た小学校低学年くらいの子が出てきた。
白い肌に黒髪のコントラストが美しい。まるで日本人形のようだった。
日本人形は美しい姿勢でアグリ君の隣に正座をし「さぁ飲もうぞ」と言った。




座敷童子。
・この建物の守り神的存在
・この建物の住居者には姿が見える
・この建物内ならどこへでも移動できる(プライバシーは配慮している)
・305号室に住んでいる
・酒が好き

アグリ君の話をまとめると、こんな感じだった。
みんな最初は驚いたが、騒ぎもせずその存在を平然と受け止めていた。

「全員揃ったところで、自己紹介しましょう」

真田です、花岡です、アグリです、壁をも砕くハードパンチャー相模原です。
各々が簡単な自己紹介を終え、最後に座敷童子さんの番がやってきた。

「名など無い。好きなように呼べ」

沈黙が降りた。
私たちは名前があるのが当然で、個体名が存在しないなんて考えたこともなかった。
座敷童子さんを「座敷童子さん」と呼ぶのは、人間に「人間さん」と言うようなものだ。
それでは、あまりにも寂しいじゃないか。みんな同じことを思ったのだろう。
「座敷童子さんに名前をつけよう」と誰かが言い出すまで時間はかからなかった。

花岡さん挙手。
「サンテちゃん、なんてどうでしょう」
「横文字は似合わないかな」
「それワインからとったでしょ?」

アグリ君挙手。
「大吟嬢!」
「さむい」
「酒から離れろ」

やれやれ……私の出番かな。
「彼女には神秘的な名が似合うからね。麒麟!」
「それ別の生き物になっちゃう!」
「酒から離れろって!」

非難の的になった。
大人のユーモアがわからんやつらだ。

「さら」

相模原君がポツリとつぶやいた。
さら……さら……うん。いいんじゃないか。
彼女のイメージにマッチしていると思う。
漢字もつけようということで最終的には「沙良」に決まった。
彼女も気に入った様子で、コロコロと笑いながら大吟醸を飲んでいる。


あれだけあった酒が無くなり、その日はお開きになった。
帰ろうとすると、相模原君に呼び止められた。

「これ、ありがとうございました」

そうだった。本を返してもらうという名目だった。
タイトルを見て、妙な気持ちになる。
狙ったのか、偶然なのか、わからないところが彼の怖いところだなぁ。

この日は私たちにとって大切な日になった。
新たな邂逅に喜びを。

君の名前は、沙良だ記念日。

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