ふしぎないちば(メゾン・ド・レミ番外編)

並木通りで不思議な市が立つんです一緒に行きましょう、とアグリ君に誘われた。
何が不思議なのか質問すると、不思議も知らないなんて不思議な人だなぁと返された。
その日は予定もなかったし、その日じゃなくても予定はなかったので同行することにした。


見慣れた静かな並木通りは燃え盛っていた。
市は年に一回、紅葉と夕闇の中で立つらしい。
夕日が飛び火したかのように、並木の一本一本が蝋燭のように火を灯していた。
その下では露天商が雑多に立ち並んでいるが、どこかゆらゆらと朧げに揺れていて、遠くからではハッキリとした輪郭が掴めない。
何かに似ているな、と思ったが、なるほど蝋燭の火のようだった。
近づくと焦点が定まるように輪郭は鮮明さを増して、やっと何を売っているのかがわかる。

「火は時計代わりでもあるのでちょっとずつ消えていきます。全部消えると市も終了なので、欲しいの見つけたらすぐ買っておいた方がいいですよ。戻ってる時間ないかもしれないので」

たまに後ろを振り返ると、確かに火は入口の方から少しずつ消えていた。
私達は消えていく火に追いかけられるようにして市の中を見て回った。

「アグリ君の目的は?」
「筋肉が欲しいですね。安くであればいいなぁ」
「トレーニングしなよ」
「僕は苦労して筋肉を得たいんじゃない、楽して筋肉を得たいんです!」

私は目的もなく、そもそもどんなものが売られているのかも知らないので、アグリ君の後を追いながら見て回るだけだった。

なんの切符かわからない切符屋、知らない動物の卵料理屋、客の鼻だけを描く似鼻屋、どんな要望にも応えるポーズ屋、物体の規模を変更するサイズ屋、赤色しかない靴屋、チョコバナナチョコ屋、記号屋、結び屋……どれもこれも怪しいものだらけで欲しいものはあまりなかった。せっかくだから何か買って帰りたいなとは思うのだけれど。

アグリ君は49種の品揃えがある体臭屋で逡巡していたが、結局買わなかったようだ。

「体臭も欲しかったの?」
「リスクと値段が高いのでやめました。あぁでも初恋の体臭は捨てがたかった……」
「初恋の筋肉探しなよ」
「どんな筋肉ですかそれ」
「かじったら甘酸っぱいんだよ」

残念ながら筋肉屋とは巡り合えず、残りの火も少なくなってきたのでそろそろ帰ろうかと話していたとき、カメレオン屋を見つけた。
落語の演目が書かれているような縦長の紙がいくつか並べられていて、その中の一つに「カメレオン屋」と下手な文字で書かれている。
文字の下にはこれまた下手な絵が描かれていて、それはきっとカメレオンなのだろう。
私には四足歩行の魚のようにしか見えなかったけど。

怪しい露天商だらけのここで、カメレオン屋がひときわ怪しいところは、カメレオンが見当たらないところだった。
他の店は怪しいなりにも商品だけはシッカリとあったのに。
縦長の紙と店主の他には、電話ボックスを二回りほど小さくしたような、それでも私の身長くらいある大きなケージがあるだけだった。
ケージの中にはなにかの植物が収まっているが、目を凝らしてもカメレオンは見つからない。

「う~ん……いる?」
「擬態してるんじゃないですか?」

ちょっと違うね、と声をかけてきた店主は毛の長いオランウータンだった。
腰みのを巻いてケージの隣で突っ立っている。
顔は人間の老婆に似ている気もするが、オスなのかメスなのかはわからない。

「カメレオン、いるんですか?」とアグリ君が聞くと
「カメレオンがいないとカメレオン屋は廃業だろう」と返された。
もっともだが、見えないものは見えない。

「君たちは人間だね。姉ちゃんは透明人間になりたいと思ったことはあるかい?」
「ないです」と私は答えた。
「夢のない人間だね」と店主は笑いながら返した。
「僕はあるけど」
「そうかい」

店主はアグリ君の話には興味がないようで、なんとなく、オスなんだろうなと思った。

「この中にいるカメレオンはね、透明なのさ。透明なカメレオン。ここでしか手に入らないよ」
「透明なことをどうやって証明するんですか?」
「証明する必要なんてないさ。透明なんだから」
「はあ」
「こんな童話を知ってるかい」

言うやいなや店主は勝手に語りだした。





トカゲやヘビ、カメたちと一緒にカメレオンは野球をしていたんだ。
ヘビが打った球は大きな弧を描いて遠くまで飛んだ。ホームランさ。
しかし、遠くまで飛びすぎて恐ろしいクマが住むといわれる敷地まで飛んでいってしまった。
球は一つしかない。誰かが取りにいかないといけない。だがみんなクマは怖い。
当然の如くカメレオンに白羽の矢が刺さる。お前は隠れるのがうまいだろう、ってね。
みんなカメレオンが背景と同化出来ると思っていたのさ。しかしそれは間違いだった。
カメレオンは変色するにはするが、体温に伴うものだったり、限定的な変色なんだ。
そう説明しても誰も信じてくれない。行くのが嫌だからそんな嘘をつくんだろうって。
球をとってこなければ、お前はもう仲間には入れないとまで言われてしまう。
仲間はずれは嫌だけれど、球を取りにいくのも怖い。
結局、その日はカメレオンが責められるだけで解散になった。
カメレオンは帰宅したあと必死に変色しようと努力した。願った。夢みた。

そうして、翌日には透明になっていたんだ。
擬態を超越した、超擬態さ。

これで球も取り戻せるし、仲間はずれにされる心配もない。
カメレオンは難なく球を取り戻しみんなの元へ行ったが、仲間に戻ることはできなかった。

ずっと透明だったからだ。
カメレオンはもう普通に戻ることは出来なくなったのさ。
それからカメレオンがどうなったのかは誰も知らない。
ずっと、透明だったからね。





「この童話の教訓が何かわかるかい?」
店主は一仕事終えたような気持ちになったのか、煙管をふかし始めた。
私とアグリ君は顔を見合わせてから、しばし各々の思いを巡らせた。

「先入観の剛性率の高さ」
「群集心理と形骸化された友愛への警鐘」
「どっちも違うね」と私たちの答えはすぐに否定された。

「まさか”願いは叶う”とか”ヘビは意外と力持ち”とか言い出しませんよね」
「それって私のいう先入観と一緒でしょ。クマは怖いとかカメレオンは擬態出来るとか」
「ここでの先入観は群集心理と形だけの仲間意識によって鋭利になってますよね。つまり僕が言いたいのは──」
「極論すぎるし私は──」
「それを言うならカメだって──」
「仮定を出す時点で──」
「なにくそ──」
「筋肉──」

白熱した討論の末、お互い向かい合ってバーカバーカと陳腐な罵り合いをしていると、店主はその長い両腕を伸ばして私たちの頭をガシッと掴み、強引に自分の方を向かせた。ちょっと痛かった。

「この童話の教訓は”透明賛美”さ」
「なんじゃいそりゃ」

さっきまで罵り合っていたせいか、アグリ君の口は悪くなったままのようだ。

「透明になることでカメレオンは何を得たか。君のいう形だけの仲間からの解放、姉ちゃんのいう先入観からの解放、クマという恐怖からの解放。カメレオンは”普通”から解放されると同時に”特別”を手に入れたんだよ。透明は特別であり、森羅万象の夢さ」
「普通こそが一番なのに」
「君は透明人間になりたいと思ったことがあるんだろう? それは普通のことだよ」

遠回しに私は普通じゃないと言われてるような気がしたけど気にしないことにした。

「童話ではたまたま透明になったのがカメレオンだったが、トカゲだってヘビだって透明になれば解放を得て特別を手に入れられる。そして、この透明なカメレオンはそんな夢が詰まっているってわけさ。傍に置いていれば、いつでも夢を思いだせる。安くしとくよ」

アグリ君が目で「もう行きましょう」と訴えてくるのがわかったが、私はちょこっと片手を突き出すことでそれを制止した。

「ケージや植物もついてくるんですか?」
「本来はつかないけど、姉ちゃんにならつけてやってもいいよ」
「でもこんな大きなの持ち運べないしなぁ」
「買う気なんですか?」
「せっかく来たんだし何か買って帰りたいしね」

アグリ君は引き止めることこそしないが、納得のいっていない表情だった。
店主は「ちょっと待ってな」と言ってどこかに歩いていってしまった。
数分待つと、背の低い人間の若い女性(に見えるが実際は知らない)を連れて戻ってきた。
たしか、物体の規模を変更してくれるサイズ屋の店主だ。

「こいつに頼んでサイズを変えてもらえばいい。その料金はこっちが持つよ。大サービスだ」

私はなんとなく、オスなんだろうなと思った。



ケージは私の腿の高さくらいまで縮めてもらった。
中にいるはずであるカメレオンのサイズも縮んでしまうけど、まぁいいやと思った。
縮める時はスモールライトでも当てるのかなと思って見ていたけれど、サイズ屋さんがケージの前でしゃがみ込み、唱えるように何かをブツブツ言い始めると少しずつ縮んでいった。

抱えるようにしてケージを持って、カメレオン屋を後にした。
育て方のマニュアルらしきものを店主がくれたが、見たこともない文字で書かれていたうえに「翻訳屋は向こうにいるが、その代金はさすがに出せないね」と言われたのでマニュアルは置いていって、口頭で簡単な説明を受けた。

去り際にアグリ君が「あの童話の作者は?」と聞くとカメレオン屋の店主は「もちろんオレだよ」と笑いながら言ったので、やっぱりオスなんだなぁと思った。



結局、筋肉屋は見つからなかった。
アグリ君は口では残念と言っているけれど、あまり残念がっているようには見えない。
酒屋で怪しい一升瓶を買っていたので、それで気が晴れたのかもしれない。

「よくそういうの飲めるね」
「好奇心を捨てるとあとは老いるだけですよ」

アルコール漬けの好奇心なんていらない、というと奈良漬けが食べたいとよくわからないことを言われたので、私も食べたくなった。

最後にどんな要望にも応えるポーズ屋に戻って、アグリ君が「ロシアンルーレットをして本当は怖いのに強がっているオランウータンのポーズ」を注文した。店主のポーズを見てアグリ君はゲラゲラと笑っていた。私は、ちょっとだけ笑った。




家に帰ってからカメレオンにエサをあげてみた。
エサはふと気付くと、知らない間になくなっている。
その感覚は並木に灯っていた火が消えるのと似ていた。
とりあえず、カメレオンかどうかは知らないけれど、何かの生物はこの中にいるようだった。


──空に見えるケージに私はエサを入れる。
  何か飼っているの? と誰かが聞く。
  澄ました顔で「夢を飼っているのよ」と答える──


そんな空想が叶えばいいなぁ、と私はちょっとだけ夢をみた。

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