謎笛

「あーまた負けた。最近ついてねぇなぁ……」

男はパチンコで負けた苛立ちを煙に乗せて排除しようと懐に手を入れるや、タバコを切らしていることに気がついた。
自動販売機に残りわずかしかない硬貨を押しこみボタンを叩く。

「これで残金100円か……」

一刻も早く苛立ちと一緒に絶望も排除しなければとタバコに火をつける。
ひと時の安寧を肺に収め、幾度となく繰り返した反省をまた繰り返しながら、最初の灰を落とした。
その時になってようやく、男は自動販売機の横に小さく佇むまた別種の自動販売機があることに気がついた。

「おぉーガチャガチャか、懐かしいな」

しかし、そのガチャガチャは男の知っているものとは少し違った。
全体が黒いフィルタで覆われており、なんの商品が入っているのか、残りがあるのかも見えない。
正面にただ『謎笛』と小さなゴシック体で書かれている以外の情報は皆無だった。

「何が出るかはお楽しみ、ってか?」

見るからに怪しいそのガチャガチャに男はなけなしの100円を投入した。
今さら貧困に貧困を少し塗り重ねたところで現状は変わらないのなら、郷愁を覚えた機体にコイン一つ投資するくらいやぶさかではない。
スロットマシンに入れるよりは幾分かマシだろうと1分前の反省を初めて未来へ持ち込んだ。

「今日くらい、こういうのもいいさ」

そして何より、今日は男の誕生日だった。

しゃがみながら冷たいつまみを回した。軽快な回転音がした後、カプセルが吐き出される。
カプセルまでもが黒一色で覆われていて、どこまでも怪しく男は笑ってしまう。
怪しさに漠然とした期待を乗せてカプセルを開けると、中にはよくわからないものが入っていた。
煙管の先端部分のような、歪なL字型のものだった。

普通なら同封されているはずの説明書の類はなく、何がなんだかわからない。
男はふと視線をずらした先にある『謎笛』という言葉を見てやっと理解することが出来た。

謎にばかり気を取られていたが、書いてあるじゃないか。笛だ。
誕生日を祝福するファンファーレでも鳴らせというのか、と男は自嘲する。
それも面白いな、と男は咥えていたものを床に落とし踏みにじると、代わりに笛を咥えた。

────。

何も鳴らない。
もしかして笛が逆さまなのかと思ったとき、後頭部に微かな刺激を感じた。
男が振り向くと、小学校低学年くらいの小太りな男の子がこちらに向かって歩いてきていた。
どうやら、石を投げられたようだと気づく。

「おいガキ、お前どういうつもりだ?」

男の子は突然の脅嚇に身を跳ねあがらせる。

「お前、俺に石投げたろ?」
「し、知らないよ!」

そそくさと男の子は走り去ってしまった。
男は少し楽しかった気分も吹き飛んでしまった。
一応、笛を逆さにして吹いてみたが、何も鳴らなかった。


男は陰鬱とした気分で帰路についた。
パチンコでは負け、なけなしの金で買った笛は不良品、ガキには舐められる。
最低の誕生日だな、とやり場のない感情を煙と一緒に肺に貯めこんだ。
濁りを浄化させる術を考えたが、お金がなければそれも無理だとわかると一層沈んだ。
すれ違った野良犬にさえ見下されているような気持ちになった。

「……犬、か」

もしかして。
笛は、犬笛かもしれない。
そんな考えが男に浮かんだ。人には聴こえないだけかもしれない。
なんとなく捨てられずにいた笛を取り出し吹いてみたが、野良犬はなんの反応も示さなかった。

「やっぱり不良品か」

徒労感に身体を重くしていると、また後頭部に微かな刺激を感じた。
振り向いても男の子どころか、人の気配すらなかった。
しかし、足元に転がっている小石を見て、やはり石を投げられたのだと気づく。
男はまさかと思い、笛を吹いた。
今度は後ろからではなく、前からハッキリと石が自分に飛んでくるのを見た。

「これは……石を呼ぶ笛なのか?」

原理はわからないが、そうとしか考えられなかった。
笛の謎が解けたことで男は少し気分を持ち直したが、やはりすぐに沈み込んでしまう。

「石笛……か。使い道ねぇな」

高く売れたりしないだろうかと考えたが、100円で手に入るものに高値がつくとも思えなかった。
どうせなら金か女が寄ってくる笛が良かったなと、濁りをかき混ぜて出来た欲望を思い描いていると、男は同じように不透明な妙案を思い立った。
思わず駆け出しそうになるのを抑えつつ、男はアパートへと急ぎながら独りごつ。

「ハッピーバースデー、俺!」


翌日、男はガチャガチャがあった場所へ行ったが、既にそれは無くなっていた。
笛の予備が欲しかったのだが、仕方なく諦めた。

それから数日、男は笛を使って実験を繰り返した。
そうして、自分の妙案が実現可能だと確信した。



テレビの声が一家団欒に混ざる。

『道行く人を狙う悪質な強盗が多発しています。狙われるのはダイヤ・サファイアなどの宝石をあしらった指輪・ネックレスなどのアクセサリー類であり、警視庁は外出の際は注意するよう呼び掛けています。被害にあった方はみな「アクセサリーが犯人に吸い寄せられるように飛んでいってしまった」と語っており、犯行の詳しい手口は未だわかっておらず──』


「うちは大丈夫だよね。ダイヤなんて高価なもの持ってないし」
「あんたがよく食べるから、お母さんダイヤ買えないのよ。また太ったでしょ」
「宝石より子供が大事でしょ?」
「はいはい」


『続いてのニュースです。小さな隕石がアパートに墜落しました。この事故で一人が死亡、一人が軽傷。亡くなったのはアパートに住む男性の──』

スポンサーリンク
マニッキ広告
マニッキ広告

シェアする

フォローする