伸長日

目が覚めると腕が伸びていた。


3倍ほどの伸率だったので、多少不便ではあるが仕事に支障はないと判断した。
先月は爪が10倍ほどに伸びてまるで仕事にならなかったが、腕なら大丈夫だろう。
気怠さと手を引きずりながら支度を整えた。

「おはようございます」
「おはよう。あら、今月は手?」

玄関を出ると、大家さんが掃き掃除をしていた。
正確な年齢はわからないが、たしか50代という話だ。
コロコロと少女のように笑うのが印象的で、今も僕の腕を見てコロコロと笑っている。

「当たりで良かったわね」
「えぇ、このくらいなら楽な方ですね」
「私もそろそろくるころだわ。どう? 賭けない? 私は首」
「じゃあ僕は髪で」
「あれ、洗うの大変なのよね」

そういって大家さんはまたコロコロと笑った。


月に一度の伸長日が、よりによってデートの日と重なったのは残念だった。
生理現象ゆえに気持ちのぶつけ所がなく、仕事に打ち込むことで忘れようとしたが
軽度とはいえ腕が伸びている状態では生産性が低く、もどかしさで一層気持ちが沈んでしまった。

「今日は早く帰れよ」 課長が課長らしい発言をする。
「言われなくても帰りますよ。これからデートですもん」
「そうか……気をつけろよ」
「なにがです?」
「俺も結婚する前、腕が伸びたときデートしたことがある。待ち合わせ場所へ行くと、妻は俺を見て爆笑したあと『高い高いして』と言った。恥ずかしかったぞぉ~駅前で成人女性を高い高いするのはな!」
「僕の彼女はそんなこと言いません」
「いやぁ、女性という生き物は何を言い出すかわからんぞ」
「課長の奥さんはなんというか……エキセントリックですもんね」
「伝えておくよ」
「やめてください」

仕事を定時で切り上げ、待ち合わせ場所へと向かった。
冬の17時半はすでに夜の顔になっていて、研ぎ澄まされたような冷たい空気が肌を刺す。
空では星がキレイに瞬いていて、もっと何倍も何倍も腕が伸びれば、彼女に星を獲ってあげられるのにな、なんて考えながら歩いた。

彼女は僕を見ても、高い高いしてとは言わなかった。
星をせがむこともなく、賭けを提案することもなく、ただ「行こっ」と言うだけだった。

二人で映画のDVDを借りて、僕の家で観ることにした。
この状態なら、外より家の方が楽だ。
僕が腕を伸ばしてテレビの電源をつけてみせると、彼女はキャッキャと笑った。

一作目は音楽を通じて心を通わせていくラブストーリーで、二人とも作中の音楽がとても気に入った。
二作目は宇宙生命体が登場するタイプのSFで、延々とCGを見せつけられるだけで目が疲れた。
ふと横を見ると、彼女は既に寝息を立てていたので、僕は長い腕を使って彼女をベッドまで運んだ。
僕も隣で寝ようとするのだけど、腕の長さが合わなくて手が握れないのが少し寂しかった。



目が覚めると彼女の脚が伸びていた。

3倍ほどの伸率で、伸長は3メートルほどになっている。
僕が立ち上がっても、目線は彼女の太ももの高さだ。
僕は彼女の顔を見上げて朝の挨拶をした。

「伸びてるよ」と彼女が言う。
僕は自分の腕を確認したが、腕は元通りになっていた。
僕の伸長日は昨日なのだから当然だ。

「伸びてるって?」
「鼻の下」

見上げると、彼女の下着が見えた。

「伸びてないよ」

僕の言葉は無視されて、頭上から声が降ってくる。

「エッチ」


今日が土曜日で良かった。
どれだけ寝ても怒られない。
僕と彼女はまたベッドに潜った。

大幅にはみ出した彼女の脚が少し寒そうに見えた。
「脚、寒くない?」と聞くと、彼女は「平気」と答えた。

僕らは視線を合わせる。
横になれば脚の長さなんて関係なく、視線を合わせられることが嬉しかった。
もう一度「寒くない?」と聞くと、彼女は「平気」と言って僕の手を握った。
僕はその手をほどいて、彼女を抱き寄せる。
昨日なら上手くできなかったその動作で、やはり普通の長さが一番だなと思う。
星は獲ってあげられないけれど、星なんてあっても、宇宙生命体に侵略されるだけだ。

「昨日の映画、途中で寝ちゃったけど、どうだった?」
「ハズレだったよ」

今度は何を借りようかなんて話をしながら、僕らは休日らしく、もう少しだけ夢を見ることにする。

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