素敵な恋のエピソード

大学一年の秋。初めてのバイト。
駅前にあるファストフード店は僕に新しい世界をくれた。


色んな人が来る。
老若男女、一人でもカップルでもグループでも。
学生、サラリーマンにOL、キャバ嬢まで。
色んな人が来るけれど、スマイルを注文するのは決まって学生だった。

そういうのが面白い年頃なんだろう。
僕も年齢は近かったから、その気持ちは理解できなくもない……けど。
最初は真摯に対応していたが、何回か注文されて気づいてしまった。
人から笑顔を強要されるのは苦痛だ。

僕も反骨心で「そんなに見たいなら見せてやる!」って。
バイトの時は常に笑顔でいるように心がけた。


そこから「幸せ」が訪れた。


まず、店長に気に入られた。業績も伸びたらしい。
それがスマイルに起因するのかは謎なのに、店長は僕のおかげだと信じて疑わなかった。

バイト仲間からも「アキヒトくんがいると場が和む」なんて褒められる。
お客さんからも「いい笑顔だねー」なんて褒められる。
バイト代も上がった。友人も増えた。全てがうまくいっていた。


笑顔は人を幸せにする。そして、自分も幸せになる!


春休みになった。といってもまだ2月だ。
冬将軍は去る気配もなく、特に朝は冷えこんで出勤が億劫にすらなる。
僕はモコモコと着膨れし家を出た。
落書きだらけの公園を突っ切って、平坦な道のりを進んでいると後ろから優しく肩を叩かれた。
たまに来てくれる、キャバ嬢のお客さんだ。
一人の時もあるし、稀にうちの店で同伴していることもある。
同伴にファストフード店を選ぶ客もどうかと思うが、おかげで僕はこの人を見れるのでOKだ。

キレイな人だった。気品のある物腰に好感を抱く。
商売柄にしては薄化粧で、醜さを隠すのではなく、輝きを抑えるためと思わせる気配すらあった。
僕は勝手に業績No.1だろうと決めつけ、店長の僕に対する評価もこんな感じなのかと心に落ちた。

「これから? 一緒に行こう」

淡く艶のある声。断る理由はなかった。
緊張して、自分が何を話したか覚えていない。
ただ、彼女から声と笑顔を褒められたことだけは覚えている。
僕の笑顔は、僕のちょっぴり好きな人を、ちょっぴり幸せにしたんだ……。
そう思うと、身体の奥深いところが温かくなった気がした。

駅前に着くと、彼女はひらひらと行ってしまった。
初春に舞うアゲハ蝶。僕はただ見送るしかなかった。


それからも何回か、彼女とは一緒になった。
彼女の退勤と僕の出勤のタイミングが重なっているのかもしれない。
どこで働いているかは知らなかったが、源氏名だけはメリッサだと教えてもらった。
和風な名前を想像していたが、言われてみれば形良い目鼻立ちは異国の血が混ざっているのかも。
「キミは来ちゃダメだよ」と彼女は悪戯っぽく笑った。
彼女の笑顔は、彼女のことをちょっぴり好きな人を、ちょっぴり……いや、けっこう幸せにした。


ある日、彼女はコーヒーとアップルパイの代金に添えて、僕に縦長の箱を差し出した。
アポロだった。しかも開封されている。
呆けている僕に一言「バレンタイン」と優しく、やはり悪戯っぽく笑う。

帰宅してからアポロを数えた。11個。どうして僕に? しかも開封済みのものを……?
思考の渦に飲み込まれた僕は、彼女の胸の膨らみと、その先にあるであろう突起と、アポロの形状と、公園の卑猥な落書きなんかも一緒に回りだして、まるで無限ループのようにグルグルと寝落ちするまで回り続けた。


僕はアポロのお返しにサボテンを用意した。
彼女が「独りの夜が寂しい」と漏らしていたのを覚えていたから。
サボテンなら手間もかからず、彼女の寂しさを紛らわせてくれると思ったから。

しかし、それは叶わなかった。

僕はバイトを辞めた。
彼女はバレンタイン以降、お店に来なかったのだ。
ホワイトデーを過ぎると、僕は上手に笑えなくなっていた。
音のない森に迷い込み、彼女という月明かりをただ求め続けた。



大学二年の春。二度目のバイト。
雑居ビルにあるカラオケ店、その名も「ヴォイス」。
カラオケであれば接客時間は短く、笑顔を強要されることもない。


~♪


彼女は微妙に音痴だった。それでも声の艶は健在なのが面白い。
男性ボーカルのバラード曲を、ただ画面を見つめて歌っている。
きっと、ドリンクを置きにきた店員の顔なんて見ないだろう。
僕は小声で「お待たせしました」「ごゆっくりどうぞ」を言ってドアを閉めた。
声は掛けなかった。
友人だろうか……女性二人と一緒だったこともあるけど、そうじゃなくても、僕はきっと、声を掛けなかった。


きっと、きっと。


バイトが終わり、落書きだらけの公園を突っ切っていると、後ろから優しく肩を叩かれた。
横を向くと、そこにはやっぱりあの顔があって。

「ここなら確実かなって」

店員が僕だとバレていた。

「キミ、いい声してるから」

今回は自分が何を話したか覚えている。
僕は幸せだったと語り、彼女は幸せとは何かを問いかけた。
そして僕は、落書きだらけの公園で、生まれて初めて幸せについて本気出して考えてみた。



こんな寒い春の日は、当時のことを想い出す。
作り笑顔から始まった幸せ。幸せについて考えたあの日。
ひらりと舞うアゲハ蝶。ただただ、郷愁に焦がれる。

メリッサ。僕は君が好きだった。

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